異世界人間転生記

非定型うつと診断され”普通”に生きることを諦めたオタクがカウンセラー兼占い師として生きる件

潜在意識をとことん使いこなす

昨年の始め頃、引き寄せの法則についての本をやたらと読んでいた。なぜそんな法則があるのか、それが気になって仕方なかったのだが、途中で鬱が酷くなり読んでいなかった本を読んだ。そしたらなんとまあ量子論の話が出てきて驚いた。

潜在意識をとことん使いこなす

潜在意識をとことん使いこなす

 

引き寄せの法則といえば、単純に言ってしまえば「願った事は叶うんだよ!!」という話である。ただしそのためにはただ願うだけでなく、その願いを毎日唱えるとか目につくとこに書いておくとかして、常に意識しておくことが大事だという。そんなわけあるかいと反論したいところだが、数多くそんな本が出版されている以上は何かあるのだろう。そのカラクリが、私は知りたい。そう思って辿り着いたのがこの本と明日上げる本の2冊だ。

潜在意識という不思議な何か

潜在意識は、意識が出した「命令」をすべて遂行している――それがよい結果になるか悪い結果になるかはおかまいなしに。 

意識は我々が普段こうして思考し行動している部分、潜在意識とは無意識で、思考の外側で働いている部分だ。この潜在意識というのがなかなか曲者で、「意識の思うこと考えることを遂行する」部分でもある。

「願っているのに叶わない」。そんなことがある。引き寄せの法則なんて嘘じゃないか。そういう人というのは、”願い”と”期待”が食い違っているそうだ。どうせ叶うわけない。どうせ私なんて。心の中のどこか隅の方にそんな考えがこびりついている。自覚していたり無自覚していたりは人それぞれだが、その考えはずっと意識にある。だからずっと長くいるそちらの”期待”の方を潜在意識は叶えてしまうのだ。

アファメーション量子力学

なりたい自分になるため、結果を引き寄せるため自分に暗示をかけるようにすることをアファメーションという。引き寄せの法則について知っている方なら聞いたことがあるだろう。

『思考のパワー』(ダイヤモンド社)の中で、ブルース ・H・リプトン博士は次のように述べている。

「私たちの心は、私たちが体験している世界に積極的に働きかけて協働している。つまり、自分の考えを変えることによって世界を変えることもできるということだ。

 (中略)

量子力学は、私たちの心が処理する情報は、私たちが生きるこの世界に影響を及ぼしている、ということをはっきりと実証しているのだ」

量子力学においては、観測した時点で結果が決まる。観測するまで、結果は決まらない。様々な可能性に満ちている。観測は人間がいなければできないことだ。この世界の観測者は自分自身。観測結果を確定させることは難しくとも、望んだ結果へ辿り着く確率を上げることは可能だ。

邪魔している潜在意識の中の自分

この本によれば人は1分間に150~300語の割合で心の中で語りかけているそうだ。1日にすると4万5千~5万語になる。例え望むものがあったとして、数万の言葉の中に埋もれてしまうのはしょうがない。

そして最初に書いた、自分の願いを邪魔してしまう期待について。

否定的な習慣、無意識での考えというのは、6歳までに植え付けられてしまうそうだ。大体の人はその頃の記憶はあやふやだ。けれど周囲の大人達から言われて植え付けられた習慣、考え、または経験した恐怖体験などはしっかりと潜在意識にこびりついて残っている。

それは気づいていなければ気づかなければならない。そして自分の邪魔をしてくるその自分を変えてやらなければ、引き寄せられない。

そのためにアファメーションを利用する。無意識にもそう考えられるようになるまで繰り返し、自己暗示をするのだ。

もうひとつの意識 ”超意識”

モーツァルトは曲を考えて生み出したことはないという。頭の中に流れてくる音楽を書き留めただけだ、とそう言ったそうだ。ベートーヴェンストラヴィンスキーも似たような事を言っていたし、作家のエマーソンも考えて書いたのではなく別の力が自分の手を使って書かせるのだと言っていたそうだ。

潜在意識は自分の記憶から構築されているものだ。しかし超意識は、もっと大きなところと、宇宙と繋がっている、そう考えられている。

仕事や生活で何かアイデアが欲しいとき、その事を考えていない、別の事を考えたり行動したり、あるいは何もしていないときにいきなり閃いたことはないだろうか。それが正に超意識だと、そう考えられている。

引き寄せの法則とは

世に出回っている引き寄せ本はアファメーションのやり方ばかり書いていて具体的に何故そうなるのかが書いていないものが多い。そして行き着いたのが意識について。だが意識についてはこのブログで書いてきたように不明な部分が多いものだ。結局、引き寄せの法則というのは非科学的なものなのかもしれない。

だがしかし、引き寄せというのは実際にあると、私は思っている。引き寄せたのではないか、という出来事が何度かあったから、私はそう思う。そう思いたい。

願えば叶うという方が、誰だって嬉しいではないか。

意識はいつ生まれるのか―脳の謎に挑む統合情報理論

 2週間くらい前に読み終わったのだが書くの忘れてた。

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

 

私のイチオシ統合情報理論

何度がブログ等で述べている統合情報理論の本をやっときちんと読んだ。

統合情報理論の基本的な命題は、


 ある身体システムは、情報を統合する能力があれば、意識がある。 

 

というものだ。

 ”情報”を”統合”する、とはどういうことか。

そもそも「情報」とは何なのか。

情報理論の父と呼ばれるクロード・シャノンの時代から、「情報」の定義は「不確実性を減らすこと」と結び付けられ、「情報量」は、ある事象が起きたとき、その事象に代わって起こりえたのに起こらなかったことの数が大きければ大きいほど多い、とされてきた。 

例えばコインを投げたとき、表が出たとする。このとき起こらなかったのは”裏が出ること”だ。起こらなかったのことは1つだけ。しかしこれがサイコロになると、例えば1の目が出たとすると、起こらなかったのは”2の目が出なかったこと””3の目が出なかったこと””4の目が出なかったこと””5の目が出なかったこと””6の目が出なかったこと”の5つ。二十面ダイスになれば起こらなかったことは19個に増える。

出た目は1つだけだ。けれどそれは1つの情報ではない。その目が出た、という情報と、他の目が出なかった、という情報全てを指す。

機械と人間は何が違うのか

この本ではとある思考実験が紹介されている。

何も無い部屋に人がいる。もう一つ、同じ環境に明暗を判断できる機械が置いてある。

外の人間が明かりをつけたり消したりする。その度、明るいか暗いかを外に伝える。このとき人も機械も同じく、「明るい」「暗い」の2つしか外には伝えない。

だがしかし、いきなりそれまで白かった明かりに色がついたらどうなるだろうか。機械は問題なく明るいか暗いかだけ外へ伝えるが、人では戸惑いが生じることがあるだろう。それは「明るい」という情報以外にも色の情報を受け取る感覚があり、それが同時に動くため機械よりも多く情報を受け取ることになる。色の判断を機械にさせるにはデバイスやプログラムを増やすしかない。

機械と人間の違いは情報量の差

統合情報理論では、身体的システムの情報量を定めるべく、新しい単位を導入した。それが、Φ(ファイ)と呼ばれる単位だ(このギリシャ文字の真ん中の縦線は「情報」を表し、丸は「統合」表している。Φの値は、情報の単位、ビットで表される。 

機械は受け取った情報を伝える。基本的に一方通行だ。だが人間はそうではない。ただの明かりを見ただけでも、どんな明るさか、どんな色か、どう感じるかなど様々な情報を得る。そして必ずフィードバックが起きる。受け取った感覚器官、この場合瞳だが、明るさに応じて瞳孔の大きさを変える。それは無意識で、人がそうしようと思ってするわけではない。自動的に、身体反応として反射神経でそう勝手に同行は動く。

ただの明かりだけでも、人間が受け取る情報量、そして発する情報量は大きく差がある。それらは別々に受け取るのではない。とある事柄から受け取る情報を脳はいろんな領域で解析し、それらは別々に処理されるのではない。相互に様々なやり取りをし、”統合”される。

情報が統合されたとき意識が生まれる

情報のやり取りは脳で行われる。脳波測定で意識の有無を確認できる。植物状態の人間と健康で眠っているだけの人間では脳波に明らかに差があった。

刺激を与えて脳波を測定するのだが、同じように眠っているだけに見えても植物状態と睡眠状態では脳波の大きさが異なっていた。

神経伝達はニューロンで行われる。そのニューロンがどれだけ動くのかどうか、その動きの大きさが情報量の大きさであり、Φの値となる。

ペンローズの〈量子脳〉論では収縮とかマイクロチューブルとかいろいろややこしく言っていたが、「コンピューター以上の事ができるのが意識」と言っている辺り人間という生き物に幻想を抱いている、ある種ロマンチストだったのかもしれない。

単に情報量が異なり、その情報がどう処理されるのか。こちらの方が単純な話だ。夢はないかもしれないが。しかしこの理論には別の夢がある。機械が、AIがいつか”意識”を持つかもしれないという夢が。これはこれでロマンだろう。

量子脳論はそれはそれで興味深いのだが、やっぱり私はこっちの方が好きだな。

通院記録:パキシル増量

しんどかったこの台風通過後の1週間

減薬が戻ってしまった

15日台風通過により気圧が低下した。気圧の低下によって体調が悪くなるのはよくある事だが、今回それだけではなかった。

久しぶりに鬱症状が出たのである。気分の落ち込み、食欲減退、やる気は失せちらりと希死念慮が顔を出し、昨日までそれに苦しんでいた。昨晩になってようやく安定してきて、今朝は普通に起き上がれた。

――というのを馬鹿正直に話したら念のためとパキシルが増えた。

うーん本当に今日にはすっかり治っていてきちんと病院も行けたし(酷いと本当に病院すら行けなくなっていた)大丈夫だと思うんだけどなー。

頓服として処方してもらえませんか?と提案するも抗うつ薬は長期服用でなければ効果は出ないので基本的に頓服としての処方は推奨しないとのことで却下された。これは医師によって考えが異なるらしい。でも確かにパニック障害などとは違って発作的なことがあるわけでなく、確かに頓服ではあまり効果はなさそうだと私も思う。

リフレックスを止めてパキシルのみにしたらと提案されるが、リフレックスを服用されてからピタリと鉛様麻痺が治まったのでリフレックスを止めるのは怖い……そりゃあ肝臓に負担がかかってるし薬は少ないに越したことはないのはわかっているのだが。リフレックスだけは手放せぬ。

これだけ自分を甘やかして生活しているというのに何が悪いのだろうか全く。むしろ甘やかしすぎているのが悪いのか?一応仕事をし始め勉強もし始め頑張り始めた分一応鞭も与え始めたはずなのだが……。

カウンセリングにて

ここ1週間落ち込んでましたーと同じく報告。その後11月に文学フリマというイベントに出ようと思ってます、と話す。

そのため量子論の本とか読んでて……というとカウンセラーの先生は量子論についてはあまりご存じなかったようで量子論についての説明をする。シュレディンガーの猫が通じなかったのでカルチャーショックを受けるなどした。私の周りは知ってる人ばかりだったのだがやはりオタク知識なのだろうか……。

もう8月後半かー……本気でそろそろ書き始めないとマズイよなー……頑張ろう……